大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和38年(ワ)4859号 判決 1965年5月10日

原告

秋田大三郎

原告

秋田敏子

右両名代理人

芦田浩志

右復代理人

川口巌

被告

有限会社東鉄運輸

右代表者

竹内茂治

右代理人

上山太左久

佐久間三弥

主文

1  被告は原告秋田大三郎に対し金八二七、四二九円、原告秋田敏子に対し金八七五、〇〇〇円および右各金員に対する昭和三九年四月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

4  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は「1 被告は原告秋田大三郎に対し金一、九六五、三九三円、原告秋田敏子に対し金一、八五二、三六四円および右金員に対する昭和三九年四月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。2 訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因および抗弁に対する答弁として次のとおり述べた。

(請求の原因)

一、昭和三七年一二月二八日午後四時一五分頃、東京都江戸川区平井町三丁目二、一三二番地先路上において、訴外山田長伍の運転する営業用普通貨物自動車(登録番号、足一い六三七号、以下被告車という)が訴外秋田熱夫に衡突し、そのため熱夫は即死した。

六、被告は自動車運送事業を営む会社であり、被告車を所有し、訴外山田を運転手として雇傭して被告車を運転させて被告の業務執行にあたらせていた際に本件事故が発生したものである。

三、本件事故によつて生じた損害は次のとおりである。

(一)  原告大三郎は熱夫の葬儀関係等諸費用として別紙一覧表1ないし27記載合計金一八七、七六〇円を支出し、同額の損害を被つた。

(二)  訴外熱夫の得べかりし利益の喪失による損害

訴外熱夫は昭和三四年一一月一八日生れ(事故当時三才)の健康な男児であつて、本件事故で死亡しなければ、以後順調に成長し、少なくとも満二四才に達したときから以後四〇年間にわたつて年額金一二七、五二九円の純益を得られるべきところ(右金額は労働大臣官房統計調査部編、昭和三七年四月刊行の昭和三六年度の「特定条件賃金調査報告書」中の男子労働者で二〇才から二四才の者の「きまつて支給する現金給与額」の平均月額金一八、三七〇円を一二倍して得た年額金二二〇、四四〇円と同部編昭和三六年刊行の「賃金実態総合調査結果報告書」中の昭和三五年度における従業員一、〇〇〇人以上の企業の男子労働者で二〇才から二四才の者の「年間特別に支払われた現金給与額」の平均額金三八、三二一円との合算額から右収入を得るに必要な生活費として、総理府統計局編、昭和三七年刊行の「家計調査年報中」昭和三七年度の東京都における勤労者世帯の標準生計費月額金四五、一六六円を同世帯の平均構成人員数四、一三で除して得た金一〇、九三六円を一二倍した年額金一三一、二三二円を差し引いたもの)本件事故によつてこれを喪失したものというべきである。そして右純益額に毎年毎に民法所定の年五分の割合による利息を附して積立てて行くとすると稼働可能期間四〇年を経過したときの額は次の数式によつて求められる金一〇、〇四一、六五三円となる。

そこで右金額をホフマン式計算方法(単式)により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故発生当時の現価に換算すると金二、四五四、七二九円となる。結局訴外熱夫は本件事故により右金額による得べかりし利益の喪失による損害を被つたものというべきである。そして原告らは同人の死亡により父母として右損害賠償債権を各二分の一である金一、二二七、三六四円(円未満切捨)宛相続によつて取得したものである。<以下省略>

理由

一、請求原因第一項の事実(本件事故の発生による訴外熱夫の死亡)は当事者間に争がない。

二、請求原因第二項の事実も当事者間に争いがないから、被告は被告車の運行供用者として本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務があるというべきである。

三、そこで損害の点について判断する。

(一)  原告大三郎が訴外熱夫の葬儀関係等諸費用として別紙一覧表1ないし19および23ないし27記載の合計金二七、一六〇円の支出をなしたことは当事者間に争がなく、右支出は本件事故により原告大三郎が被つた損害と認めるのが相当である。さらに<証拠>によれば、原告大三郎は熱夫の死亡に際し墓地使用料六〇、〇〇〇円、右昭和三八年度管理料六〇〇円、墓石代一〇〇、〇〇〇円(但し既払額は二〇、〇〇〇円)の各出捐を余儀なくされたことが認められるものの、右墓地墓石ともに熱夫の死亡を機とし原告ら一家のためのものとして設置、建立されるに至つたことは右本人尋問の結果によつて明らかであるから、右費用をもつて本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるのは相当でないというべきである。

(二)  訴外熱夫の得べかりし利益の喪失による損害

訴外熱夫が昭和三四年一一月一八日生れの男児で事故当時満三才余であつたことは当事者間に争がなく、<証拠―省略>によれば、熱夫は健康に成育していたことが認められ厚生省大臣官房統計調査部刊行第一〇回生命表によれば、満三才の男子平均余命は六四、〇四年であるから、訴外熱夫は本件事故に遭遇しなければなお右程度の期間生存するものと推認することができる。ところで成立に争がない甲第一〇号証の一、二(労働大臣官房労働統計調査部編昭和三七年度特定賃金調査結果報告書)、同第一一号証の一、二(同部編昭和三六年度賃金実態総合調査結果報告書第一巻)、同第一二号証の一、二(総理府統計局編昭和三七年度家計調査年報)を総合すると、昭和三六年度の男子労働者で二〇才から二四才までの者の毎月きまつて支給される現金給与額による平均年収額は金二二〇、四四〇円であり、同三七年度における従業員一、〇〇〇人以上の企業の男子労働者で二〇才から二四才までの者に年間特別に支払われた給与の平均額は金三八、三二一円であり、昭和三七年度における東京都の勤労者世帯の平均消費支出額は月額金四五、一六六円であることが認められる。そして同年度の勤労者世帯の平均構成員数が四、一三人であることは前記甲第一二号証の二によつて明らかであるから一人当りの平均支出額は月額金一〇、九三六円となり、その年額が金一三一、二三二円となることは計数上明らかである。してみれば前記収入合計から右生活費を控除して得られる金一二七、五二九円は当時における二〇才から二四才までの男子の労働者の平均年間純益額というべく、従つて健康な男子であつた熱夫は今後順調に成長し、事故後二一年を経過した時から爾後三五年間にわたつて少なくとも右年額金一二七、五二九円の純益を得られたものと推認することができる(生活費は年毎に変動し、男子の場合通例高額化することが予想されるが、一方収入の上昇も当然期待できるところであるにもかかわらず当裁判所は熱夫の予想就職年次当初における平均年間収入およびこの時期における平均生活費によつて平均年間純益額を求め、これを基礎として就労可能の全期間中の得べかりし利益を推計するのであるから、所与の結果は極めて控え目な数値といい得べく、従つて右の推計は現時点においては高度の蓋然性を有するものと認めて妨げないというべきである。因みに得べかりし利益の推計に当つては、その基礎とされる収入と生活費の差額である純益額およびその結果得られる就労可能期間中の推計総額が高度の蓋然性を有するかどうかが判断の要点であつて、逐年の収入および生活費の具体的な数値は右の意味における妥当な金額を得るための一応の資料としての意義を有するにとどまるものと考える。従つて当裁判所が採用した前記計算方法は勤労者の平均世帯の一人当りの平均支出額を稼働期間中動かないものとして推計している点において一見不合理と思われるものの(最判昭和三九年六月二四日第三小法廷、判例時報三七六号一一頁参照)、一方において収入も右全期間にわたり就労予想年次当初の男子労働者の平均賃金額に固定させたまま推算しているのであるから、両者を差引いて得られる程度の毎年の純益高は、賃金の上昇、支出の増加を考慮してもなお稼働可能期間を通じて挙げ得るものと推認して妨げないことは経験則に照して肯認できるから、従つて右純益額を基礎とする得べかりし利益の推計結果は蓋然性の高いものと称することができ結局において右最高裁判所判例の趣旨とするところにも副うものと考える)そこで熱夫につき前記純益額による得べかりし利益の喪失による損害を損害発生時の現価に換算するため、右三五年間の年毎の純益額の夫々について民法所定年五分の割合による中間利息を控除しこれを合算すれば金一、五五九、八八四円(円未満切捨)となる。

なお原告ら主張の計算方法は一定金員が定期に積立てられることを前提とするものであり、将来における得べかりし利益の現価を算定するには適当な方法とはいえないから採用できない。

ところで、被告は過失相殺の主張をするので、この点について判断する。

<証拠―省略>を総合すれば、本件事故現場は国電平井駅の北方約三〇〇米の平井三丁目から西南方亀戸方面に通ずる通称「平井改正通り」から北進、平井四丁目にいたるバス通りであつて、歩車道の区別のない全幅員九・八五米のアスフアルト舗装道路上であること、右道路の両側には人家、小工場が密集し自動車の交通が頻繁であること、原告らの居宅は右事故現場と僅々二五米の位置にあり、原告らは右道路状況を知悉していることおよび訴外熱夫は当日隣家の荒井宅で遊んだ後、同家を出て兄活夫(五才)および他の五才の子一名と連れ立つて本件事故現場路上を同家の反対側に渡り、再び兄等に続いて同所を横断し同路上に停車中の都バスの背後を通つて引き返す途中、右バスと対向して進行中の被告車が離合に際し右にハンドルを切つたためその右後車輪に接触して本件事故の発生をみるにいたつたものであることが認められる。右事実に徴すれば三才を過ぎて間もない熱夫に危険に際しての機宜の処置は到底期待できないところであり、同行者も僅か五才の幼児にすぎない以上前記状況の本件路上を監護者の附添もなく歩行横断するに任せていた点に親権者たる原告らに監護義務を怠つた過失が存し、その過失が本件事故発生の一因となつたものといわざるを得ない。

そうして、訴外熱夫が事理を弁識する能力を有しない者であつても親権者たる原告らに右のような過失があるときは熱夫の死亡による損害額の算定につきこれを斟酌することができると解するのが相当であるから、右の損害につきこれを斟酌し被告に責を負わすべき賠償額を金九〇〇、〇〇〇円と定める。

そして原告らが訴外熱夫の父母であることは当事者間に争いがなく、<証拠―省略>によれば訴外熱夫の相続人は直系尊属である原告らのみであると認められるから、原告らは本件事故による訴外熱夫の死亡により右損害賠償債権をその二分の一である各金四五〇、〇〇〇円宛相続によつて取得したことが明らかである。

なお、被告は原告らの余命が尽きた後に発生する訴外熱失の得べかりし利益の喪失による損害は相続の対象とならない旨主張するが、訴外熱夫の右損害は本件事故とともに直ちにその全額が発生し、それが相続の目的となつているものであるから、被告の右主張は独自の見解に属し採用できない。

(三)  次に原告らの慰藉料について判断する。

<証拠―省略>によれば、原告大三郎は法政大学卒業後直ちに小学校教諭を奉職し、昭和二八年原告敏子と結婚し、翌二九年には長女逸子、同三二年には長男活夫、同三四年には次男熱夫をもうけ、肩書地の自己所有家屋に住み、本件事故当時約四〇、〇〇〇円の給与を得て幸福な生活を送つていたところ、突然本件事故により訴外熱夫の生命を奪われ、健康で明朗な同人の将来に対して抱いていた希望も一瞬にして断たれたうえ、被告において示談交渉にも誠意をみせないことも手伝つて原告らは深い精神的苦痛を味つていることが認められ、右事実と本件事故の態様前記原告らの過失その他諸般の事情を斟酌すると原告らに対する慰藉料は各金五〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

(四)  原告らが本件事故につきその主張の額の保険金の支払を受け、これをその主張にかかる損害に夫々充当したことは当事者間に争いがなく、これによれば原告大三郎の葬儀関係等諸費用の支出による損害賠償債権は全額消滅に帰し、なお残額四七、五七一円を生ずることとなるから、責任保険金の性質に鑑み右残額を原告大三郎が相続した第三項(二)の得べかりし利益の喪失による損害に充当することとし、原告らが取得した損害賠償債権額から右各充当額を控除すると原告大三郎が賠償を受けるべき金額は(二)の訴外熱夫の得べかりし利益の喪失による損害の相続分金三七七、四二九円(三)の慰藉料金四五〇、〇〇〇円の合計金八二七、四二九円となり、原告敏子が賠償を受けるべき金額は(二)の訴外熱夫の得べかりし利益の喪失による損害の相続分金四二五、〇〇〇円(三)の慰藉料金四五〇、〇〇〇円の合計金八七五、〇〇〇円となる。

四、以上の次第であるから、被告は原告大三郎に対し前項の金八二七、四二九円、原告敏子に対し同じく前項(四)の金八七五、〇〇〇円と右各金員に対する損害発生の後である昭和三九年四月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項の各規定を適用して主文のとおり判決する。(鈴木潔 茅沼英一 梶本俊明)

葬儀関係等諸費用

(通夜および告別式諸費用

1 ラーメン(手伝人十五人昼食) 六〇〇

2 手伝人謝礼(割烹着七人分を謝礼として支払) 一、七〇〇

3 宿泊謝礼(親戚宿泊のため隣家借用謝礼) 一、〇〇〇

(二七忌一月十日諸費用)

4 すし 一、二〇〇

5 酒 六五五

6 肉 九六〇

7 果物 六〇〇

8 菓子 三〇〇

(三七忌一月十七日諸費用)

9 すし 一、八〇〇

10 肉 五二〇

11 酒 六五五

(五七忌一月三十一日諸費用)

12 すし 一、九〇〇

13 酒 一、四九〇

14 野菜 五五〇

(七七忌二月十四日諸費用)

15 すし 二、四四〇

16 酒 一、四九〇

17 肉 三〇〇

18 とうふ 二〇〇

19 野菜 三〇〇

(その他)

20 墓地使用料(都下小平霊園六平方米) 六〇、〇〇〇

21 同上管理料(昭和三十八年度分) 六〇〇

22 墓石(小松石、文字切符及び健上) 一〇〇、〇〇〇

32 位牌 一、八〇〇

24 供花 三、四五〇

25 ローソク 一、〇〇〇

26 線香 一、六五〇

27 死体検案書作成手数料 六〇〇

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例